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[恩海義嶠] 殿崎記念碑建立百周年展示会 ーー先人の美挙を後世に・・・。

  • Posted by: kamisotsushima
  • 2011-10-17 Mon 20:46:00
  • お知らせ
花海荘内ギャラリー鶯谷では
 日本海海戦時、西泊の殿崎(阿奈珥泊)にロシア艦隊の兵士たちが上陸しました。この時ロシア兵に厚遇した事実を後世に残そうと記念碑を設立。今回、記念碑にまつわる資料を展示いたしております。
 戦いに敗れ、疲れきってしまった敵兵たちに 温かいおもてなしと介抱をした地元の人たちの・・心・・に触れてみてはいかがでしょうか・・・・・。


展示や記念碑に関すること等は
殿崎記念碑建立百周年記念事業実行委員会へ問い合わせ下さい。  事務局 古場公章

      k-koba@city-tsushima.jp   090-4514-2407


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【年表】

1905年5月28日 ロシア兵上陸

 日本海海戦時、ロシア艦船ウラジミール・モノマフ号の兵143名が西泊殿崎(阿奈珥泊)に上陸。安心院シゲ・犬束ナカの二人が近くの井戸に案内。
 その後、西泊地区に移動したロシア兵に、食べ物や衣類の提供を行い、傷ついた兵士には傷の手当てをしている。この日は六件の二階建て民家に民泊。翌日には、軍用船で西泊を離れた。西泊を離れるボートはオールを直立させ感謝の意を表した。

1912年5月24日 殿崎記念碑除幕
 
 一九一一年、先人の美挙を後世に残そうと記念碑建立を決議。比田勝善三郎を中心に活動。対馬出身で東京在住の「藤喬毅」に依頼。題額を東郷平八郎連合艦隊司令長官に。東郷長官からは「恩海義嶠」が揮毫される。撰文は対馬出身の亀谷行(省軒)に依頼。寄付金は、西泊に限らず、他の地区にもお願いをした。石碑は、地内の磯石を探して使用。一一年秋に完成した記念碑は、翌年五月二十四日除幕を行う。

「恩海義嶠」東郷平八郎揮毫   撰文「亀谷行(省軒)」

恩海義嶠(おんかいぎきょう=めぐみのうみぎはたかし)
「戦争で死の海となった対馬が恩愛の海になった。その義はなんと気高いものであろうか」                   月刊「生命の光」編集長伊藤正明氏訳


撰文訳     
 日露海戦(日本海海戦)は天下に広く伝えられている。雄将傑士は計略を風雲の間にめぐらし、堅艦巨砲は勝ちを波涛の中に争った。その壮烈なありさまは海をも震えおののかせるかのようであった。実は、対馬の海こそがその戦場だったのである。 明治三十八年(一九〇五年)五月二十七日、ロシア軍は大敗した。二十八日朝、大破したロシア軍の一艦船(一等巡洋艦ウラジミール・モノマフ)が殿崎の前を漂流していた。その時たまたま我が日本軍の佐渡丸(仮装巡洋艦)が南の方よりやって来て、その場に遭遇し、ロシア側に降伏を勧告した。ロシア艦船はそこでボート数隻を出して兵士を避難させ、まもなくして沈没した。その一部終始を、農婦二人が殿崎岡にたたずんで望み見ていた。しばらくしてロシア軍のボート一隻は阿奈珥(あなじ)浜に到着し、ただちに上陸すると、農婦に向かって何かを求める動作をした。農婦が煙草を与えようとしたところ、受けとらなかった。そこで、次ぎに井戸水を指さしたら、ロシア兵は大喜びし、井戸水を思う存分飲んでから立ち去った。その後、他のボートと共に西泊湾に入港した。ボートの数は合わせて四隻で、中尉兵曹以下百四十三人を載せていた。村役人が手配して、ロシア兵を民家に分宿させた。
 翌二十九日、軍用船越後丸が竹敷要塞部よりやって来て、ロシア兵を収容所に護送した。阿奈珥(あなじ)浜は対馬島豊崎村殿崎東岸にあって、西泊からの距離は半里(約二キロ)、浜から上り坂を三町(三百メートル強)も上がっていくと、殿崎岡に着く。高台の爽やかな場所である殿崎岡には、松の老木の林があり、また、見晴らしが四方に開けて、海と雲とが遠く遙かに見わたされる。そもそも日露交戦(日露戦争)は空前の偉業であって、我が日本の大いなる戦果はかつて世界を震撼させたものである。だからこそ、ロシア兵投降の地もまた忘却のままにまかせてはならないのである。西泊区民及び有志の者たちが協議して、この記念碑を建立する運びとなった。以上のことをここに記して、後世の者たちに伝える。
                      明治四十四年(一九一一年)秋   亀谷行著す
                                     明治大学教授 本間次彦

2010年4月   殿崎記念碑建立百周年記念事業実行委員会立ち上げ         
2012年5月27日 殿崎記念碑追碑建立、慰霊祭


記念碑6 (1)


【展示内容】

殿崎記念碑建立百周年記念事業実行委員会
花海荘展示一覧

①殿崎記念碑拓本
②扇辰治「日露戦争情報録」(写し)
③記念碑趣意書(明治44年)
④記念碑建設寄付芳名録(写し)
⑤記念碑建設許可願(写し)(明治44年10月)
⑥記念碑建設許可書(写し)(明治44年11月)
⑦寄付金募集許可(写し)(明治44年12月)
⑧東郷平八郎「恩海義嶠」揮毫(写し)
⑨亀谷行(省軒)碑文(写し)
⑩西泊や比田勝善三郎宛手紙
⑪除幕式答辞(写し)(明治45年5月)

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